~画像が作れない人は、動画も一生作れない。~
言い切る。
これは煽りでも、極論でもない。
事実だ。
動画を作りたい。
発信したい。
AIで何か始めたい。
そう言いながら、
画像を1枚も作っていない人が多すぎる。
それで動画が作れると思っているなら、
残念だけど順番が完全に逆だ。
■ 動画の正体は、ただの“連続した画像”だ
まず、ここを理解してほしい。
動画=連続した画像
これが本質だ。
1枚の画像があり、
次の1枚があり、
それが時間軸で並んでいるだけ。
カメラ?
編集?
エフェクト?
全部、後の話だ。
画像が1枚も作れない人は、
そもそも“素材”がゼロ。
素材ゼロの状態で、
編集スキルを語るのは滑稽だ。
■ 画像が作れない=スタート地点に立っていない
はっきり言う。
画像を作っていない人は、
まだ「始めてすらいない」。
・動画を学んでいる
・編集を調べている
・AIを眺めている
全部、準備のフリだ。
形になっていないものは、
この世界では存在しない。
出していない成果は、ゼロ扱い。
これは厳しいけど、現実だ。
■ 編集スキル以前の問題だ
よくある勘違いがこれ。
「編集ができないから動画が作れない」
「難しそうだから無理」
「プロじゃないとダメ」
違う。
編集は、素材があって初めて意味を持つ。
素材=画像
それがない状態で、
編集を理由に止まるのは逃げだ。
まずやるべきは、
“並べるもの”を作ること。
それが画像だ。
■ AI画像は、全クリエイティブの入口
今は異常な時代だ。
・絵が描けなくても
・デザインができなくても
・センスに自信がなくても
AIで画像が作れる。
つまり、
全クリエイティブの入口が、
誰にでも開いている。
ここで逃げる理由はない。
にもかかわらず、
「動画は難しい」
「自分には無理」
そう言っている人は、
入口の前で立ち尽くしているだけだ。
■ 画像1枚作れた瞬間、景色が変わる
これは経験した人間にしか分からない。
画像を1枚作った瞬間、
思考が“作る側”に切り替わる。
・次はこうしてみよう
・別パターンも作れるな
・これ、動画にしたらどうなる?
アイデアが自然に出てくる。
なぜか。
もう、
傍観者じゃないからだ。
画像を作らない人は、
永遠に評論家のまま。
画像を作った人は、
その瞬間からプレイヤーになる。
■ 逃げるな。向き合え。
ここが一番大事な話だ。
画像を作らない理由は、
技術じゃない。
時間でもない。
怖いだけだ。
・下手だと思われたらどうしよう
・センスないって思われたらどうしよう
・失敗したら恥ずかしい
でも断言する。
誰も気にしていない。
気にしているのは、
自分だけだ。
それよりも、
何も出さずに時間だけが過ぎる方が、
よほど取り返しがつかない。
■ まとめ:画像を作れない限り、何も始まらない
もう一度言う。
画像が作れない人は、
動画も一生作れない。
逆に言えば、
画像を作れるようになった瞬間、
動画は“時間の問題”になる。
難しく考えるな。
学ぶ前に、作れ。
悩む前に、1枚出せ。
AI画像は、全クリエイティブの入口だ。
ここから逃げるな。
向き合え。
人生を変える人間は、
いつも“入口”を突破した人だけだ。

コメントを残す